三つ子の魂百まで

●読み:みつごのたましいひゃくまで
●意味:幼時の性格は、年をとっても変わらないということのたとえ。
最近自分の中に『ちょっといい気になっている気持ち』があるという事を思い知らされた出来事がありました。
先日ある女性に、「魂とか前世とか来世とかを考える事自体、人生において無駄だと思う」というような事を言われたのです。
これは、私としてはかなりショックな意見でした。
何故なら、魂の存在をここまでキッパリと否定する人が私の周りに居ないからです。
彼女は「魂なんて無い!」と言い切ったのです。
こういった時、どういう反応すれば良いのでしょうか。
魂の波動が高い人なら、きっと「人の魂は永遠で、早かれ遅かれ進化していくのだから、今現在(今生)で魂の事を理解していなくても問題無し」と微笑みながら受け流すのでしょう。
私の場合は、それができなかったのです。
「え?じゃあ死んでしまったら、それでお終いだと思うの?」と、ついつい聞いてしまったのです。
別に魂だとか、前世などの事を意識していない人にとっては、まるで当たり前の質問をしてしまいました。。
そして、私の心の中に沸き起こった気持ちは・・・・
「可哀想に・・・」でした。
この気持ちが私に沸き起こるという事は、「自分は彼女よりも魂のレベルが上だ」と心のどこかで思っているからに違いありません。
勘違いも甚だしい事です。
大反省ですね。
こんな感情に支配されているようでは、私もまだまだ魂を高い波動に固定できません。
彼女は、私の心の低い波動を気付かせてくれたのです。
感謝しなければいけませんね。
彼女は、表面的な意識では魂は無いと思っていても、魂のレベルでは全て理解しているはずです。
そう言う意味で、今回は私の勉強になりました。
ありがとうございます。




