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2009年10月23日
日本全国「癒し」のオンパレード。
いったい何人くらいの自称ヒーラーがいるのだろうか。
逆説的になりますが、癒したい人(癒しを商売にしている人)が多くなればなるほど、癒されなければならない人(クライアント)が増える事になるように想う。
ヒーラーさんは、自分の仕事が人々から必要とされなくなり、廃業する事を目的としなければならない。
癒し(ヒーリング)で事業拡大をしようと思っているヒーラーさんは、世界中にネガティブな想念を発信している事を自覚しているのだろうか。
最終的に地球上からヒーリングを受けなければならない人がいなくなればいい。
私は夢想家なのか。
| 浮世を想う
| 2009-10-23
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2009年10月16日
自分の都合の良いように「ご縁」という言葉を使い、巡り合わせを強調する人を見かける事があります。
ご縁とは、本来受け身の状態の時に発せられる言葉であって、相手に強要するものではないのではないだろうか。
強要された側の人間は「これもご縁だから」と言われてしまえば、何も言い返せないものです。
霊能者から「あなたには霊が憑いてますよ!」と言われれば、誰だって不安になります。
人の不安を煽って相手に取り入ろうとする手法は、人として一番やってはいけない事です。
「ご縁」とは、本来凄く素敵な言葉のはずです。
脅しに使用してはいけません。
言葉を大切に扱う事は本当に大切なのだと想います。
| 浮世を想う
| 2009-10-16
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2009年10月03日
昨夜、コンビニの出口で入って来る人と譲り合った。
お互い目を見合わせて相手を先に通そうと立ち止まる。
そして軽く微笑みながら会釈して、私が先に外に出た。
ちょっとした事だが、こんな時に日本人て良いなって想う。
| 浮世を想う
| 2009-10-03
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2009年09月21日
この連休中、私を含め、周りの人の出来事で「家族」というのもに対して深く考えさせられている。
「思惑」という言葉がキーワードだ。
人として一番大切な事ってなんなのだろう。
どうか、皆様が健やかに清く生きていけますように。
| 浮世を想う
| 2009-09-21
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2009年09月17日
通勤は徒歩なので電車に乗る事は週に1度程度で、しかも混雑時に乗る事は皆無だが、最近ある事情で週に1、2度、朝の通勤時間帯に京王線と京王井の頭線、小田急線に乗っている。
以前は通勤に電車を利用していたが、ここ8年くらい徒歩通勤に慣れてしまっているので、朝晩の通勤電車がとても新鮮だ。
しかし、ちょっと気になる事がある。
イライラしている乗客が以前よりも増えている。
そして、焦点の定まらない虚ろな目をして独り言をブツブツ言っている人が実に多い。
以前の私が気が付かなかっただけなのか。
それとも全体的にイライラしている人や独り言をいう人が増えているのか。
確かに通勤電車の超満員状態で、清々しい程の精神状態でいるのは、ほぼ不可能だという事は理解できる。
それにしても、かなり強くぶつかっても無言で謝りもしない、足を踏んでも知らんぷり、人を押しのけてでも前に出る、下打ちの音が何度も聞こえて来る。
まるで私は自分が透明人間になったのではないかと思ってしまう。
人を思いやる気持ちやマナーを守る気持ちが少しでもあれば、あそこまで酷い状態にはならなだろう。
きっと、ほとんどの人達には、周りの人達は「人間」として見えていないのではないだろうか。
もしかして、人を人として見ていては、この都会では生きていけないような常識が私の知らない所で出来上がってしまったのか。
私は色々な意味で、すぐに「人酔い」してしまうので、あの環境が非常に辛い。
これも新鮮な修行だと思うしかないか。
| 浮世を想う
| 2009-09-17
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2009年09月09日
昨日、区民プールに行った時の話。
そのプールは、25mプールを6コースに区切り、水中ウォーキングコース、自由コース、完泳コース(2コース)となっている。
それぞれのコースは、ほとんどが右側通行になっているが、ただ一つ、自由コースだけは自由に泳げるし、水中ウォーキングもできるコースになっている。
その自由コースに、昨日はある初老の女性が泳いでいた。
その女性は、ほとんどの人が右側通行しているコースの中で、それを無視してターンを繰り返している。
他の人達は全員右側通行で泳いでいるので、普通に泳いで行くと、前からその女性が泳いで来る事になってしまう。
そして、その女性はコースを譲ろうとしないので、暗黙の了解で右側通行になっている自由コースの流れが崩れる。
確かに、自由コースだけは、右側通行ではなくとも良いルールになってはいるが、他の人へのある程度の配慮と常識の範囲でのマナーは自然とできあがっている。
しかし、その女性だけが調和をみだしてしまう。
そのうちに背泳ぎをはじめたその女性は、前から泳いで来る人の事が見えないので、何人もの人達と衝突しはじめた。
さすがに監視員も黙ってはいないのだが、注意されても自分の権利ばかり主張して一向に反省する気配はない。
そして、その女性がいる間は、自由コースへ他の人達はあまり入らなくなる。
更に自由に泳げるその女性。
そして、自分が満足するまで泳ぎに泳いで、スタスタとプールを後にした「その女性」
正直者が馬鹿をみる世間、生きている世界が全く異なる人を目の当たりにし、少なからずショックを受けた。
やった者、言った者が有利になってしまうような世界は、とても寂しく切ない世界だ。
人情と思いやりが大切だとは誰もが言う事だが、そこに対して自分自身で気が付き、勉強する動機と姿勢を如何に持てるかどうかが、とても大切な事だ・・・と水の中で想った。
きっと、あの女性は年齢的に考えて、もう一生あのまま変わらないだろう。
親身になって非常識を指摘してくれる人も現れないだろう。
生きる世界を選ぶ事の自由があるにも関わらず、その自由に気が付かない人達が一体世界中にどれくらいいるのだろか。
| 浮世を想う
| 2009-09-09
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2009年09月07日
自分の免疫力と、うがい&手洗いだけでは、さすがにインフルエンザを防げないように感じはじめた。
そこで、近所のドラッグストアにウィルス除去&空間除菌をしてくれるという「クレベリン」を買いに行った。
これは部屋に置いておくだけで、勝手に除菌してくれるものらしいので、めんどくさくなくていい。
レジで順番待ちしている時に、すぐ前のおばあさんがレジの薬剤師に向かい、「マスクをください。」と告げた。
薬剤師は「申し訳ありません。すべて売切れです。すみません。」という。
おばあさんは、レジ横にある『マスクのお買い求めは、お一人様2枚までとさせて頂きます』という張り紙を横目に見ながら店内を出て行った。
最近、マスクの品切れ状態が続いている。
ネット通販では「マスク即納」の文字が踊っている。
私も先日、娘用にこどもマスクを160枚ほどネット注文したが、未だに届かない。
新型インフルエンザはまだまだ弱毒性らしいが、私を通して周りの人達に感染させてしまう事だけは防ぎたい。
そして、一番危惧しなければならないのは、誤った情報による精神的なパニックだろう。
その後、あのおばあさんはどうしただろうか。
| 浮世を想う
| 2009-09-07
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2009年09月03日
私のような仕事をしていると、色々なメーカーさんや同業者の話を聞く事が多い。
目的と手段を混同している人が実に多い。
貴方の目的はなんですか?
その為の手段は?
目的を見誤ると、手段が変わってしまう。
目的を「スタッフとお客様の幸せ」に設定してみると、どのような手段をとれるだろうか。
それは「幸せ」とはどんな事なのだろう、と考えるきっかけにもなるし、幸せを手に入れる近道が見つかるかもしれない。
幸せって、なんだっけ?
| 浮世を想う
| 2009-09-03
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2009年08月09日
仕事関係で、あるメーカーの専務とマーケティング担当の女性と話した。
私が「最近は癒しを商売にしている企業や人が沢山いますね」と言うと、その女性が「そうなんですよね。疲れている人が多いんですよね。」と言う。
本当にそうなのだろうか・・・。
「実は、皆そこまで疲れていないんですよ。
ちょっと逆説的ですが、癒しを商売にしている人達が多くなればなる程、世の中に癒しを必要とする人が増えてしまうだけなんじゃないか、と思うんですけどね。」
そう真面目に言ったら、「あ、あぁ・・・そ、そうかもしれませんね・・・。」と苦笑い。
最近は、商業ベースや、虚栄心から癒し人(ヒーラーとも言うのか?)になろうとする人が多い。
そういう人達のほとんどが、元々自分が自律神経失調症や鬱病などの経験者が多く、自分がそれを乗り越えた優越感から、自分より弱い存在に対して「癒し」を施す事を生業として選ぶ事が多いようだ。
そんなヒーラー修行中の人々を捕まえて、更に上段から自己顕示欲を満たすヒーラー養成講座の講師も多い。
欲望が欲望を増幅させて、もう二進も三進も行かなくなっているように想う。
もちろん世の為、人の為に真面目にヒーリングや後進指導に取り組んでいる人も沢山いる事は知っている。
私は、ヒーリングエネルギーの発生源が物質欲、自己顕示欲の場合、本当の所、癒しを受ける人間に対してどのような効果効能があるのだろうか?と常に疑問に想うし、それに対しての明確な答えを得た事は、今まで一度も無い。
| 浮世を想う
| 2009-08-09
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2009年07月24日
自分に自信が無い事をする時、自分を良く見せようと思い心が焦ってしまう。
そんな時は丁寧な行動ができなくなる。
自分が動くと空気感が変わるので、周りにいる人には必ず伝わってしまう。
言葉も、その言葉が持っている以上の「見えない意味」が空気感で伝わってしまう。
その空気感の事は、波動とか波長とか言われ、宇宙の果てまで瞬時に伝わるとスピリチュアル関係の人々は語る。
しかし、そんな事を語るより、自分が今現在置かれている「場」を大切にしたらどうだろう。
自分の言動で、その「場」の空気感が善くも悪くもなるものだ。
丁寧な言葉、行いを普段の生活で心掛ける事は、自分の心の在り方が丁寧になる事に繋がるように想う。
自分を良く見せようと焦ったりしても、周りの人は空気感で普通に気が付いているものだ。
| 浮世を想う
| 2009-07-24
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2009年06月25日
「自分の好きな事をして好きなように生きることが大切です」
と、そんな風に甘い言葉をかけられ続け、笑顔の奥に潜むマインドコントロールを受けた世代が社会に出てきて、まるでウィルスが増殖するように人々に感染中だと感じます。
免疫を持たない全うな人々がターゲットになっています。
その世代は、仕事を自分にとって「面白い仕事」か「面白くない仕事」か、二つの選択しかできないように思います。
「面白く仕事する」か「面白くなく仕事する」か、という、単純かつ簡単な選択肢があるという事を思いつかないのだろうか。
義務は簡単に放棄するくせに、権利ばかり執拗に主張するのはいかがなものかと想います。
| 浮世を想う
| 2009-06-25
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2009年06月17日

氏神様へ今年の前半のお礼参りに行った。
茅の輪が設置されていた。

普通に暮らせる事は素晴らしい事だが、普通の事を「これが普通なのだ」と認識する事ができればもっと素晴らしい。

浮世では正直者が馬鹿を見るような状態になっている。
何を持って善しとするのか、一人一人が自分の芯をしっかり持ち、先入観無しに思考し行動する事が大切だ。
腑抜けて無粋になってはいけない。
| 浮世を想う
| 2009-06-17
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2009年05月26日
自分は周りに対して圧力をかけていないだろうか。
自分も周りの人間も気が付かないうちに同調圧力により、自由思考や価値観を制限してしまっていないだろうか。
自分自身を確立し、周りに対して変な圧力をかけないよう、言葉を選んで生きたいと想う。
そして、同調現象から周りの人を守る事も大切な事かもしれない。
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『同調現象』
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
同調現象(どうちょうげんしょう)とは、社会心理学の用語で、人々の意見がある方向のみに傾斜する事を指す。例えば、勝算がないのは誰の目にも明らかであるにも拘らず、戦艦大和の出撃を決定するなどが、それに当たる。
同調現象が起きたら、異論は歓迎されない。ただ、「みんな」の意見を補強する意見のみが歓迎される。そうして、異論に対しては、論理で反論するのではなく、個人攻撃・人身攻撃で反論される。沈黙を強制される(同調圧力)。
周囲を見回し、自分に異論があっても、他に異論がないようならば、異論の表明を控える(自己検閲)。
そうして、「全会一致の幻想」が現れる。同調現象の結果の採決は、「みんな」が賛成あるいは反対していると信じられる。
さらに、自薦の用心棒が現れる。自薦の用心棒は、異論が現れないように、外部から情報を遮断する。あるいは、異論を述べそうな人物の影響力を削ぐ。
自分が同調を受け入れたら、今度は自分が他者に対する同調源となる(循環ダイナミクス)。
同調現象で、集団の結束を維持しようとするのである。
| 浮世を想う
| 2009-05-26
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2009年05月02日

今年日本全国で、1月の自殺者2645人、2月の自殺者2470人、3月の自殺者3060人だったと警視庁が発表した。
1日平均の自殺者数は1月に85.7人、2月に88.6人、3月は98.7人。
これを多いと思うか、少ないと思うか。
そこに人としての価値観が問われる。
もちろん、私は多いと思う。
自分の事を「ヒーラーです」とか「心が病んでいる人を癒したい」などと言っている人達は、いったいどこを見て、何をやっているのだろう。
「誰の事も癒せていないではないか!」ただの自己満足で言葉や情報を発信して欲しくない。
まぁ私自身、そんな言葉に助けられたりする事もあるのですが・・・あえてここでは言いたい!(笑)
ある中学校の学級新聞の記事と雑誌の記事。
興味深かったので、ここに転載させて頂きます。
以下、転載。
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みなさんにとって、「幸せ」とは何だろうか。
たくさんの物に囲まれた便利で快適な暮らしに幸せを感じる人もいることだろう。
しかし、物を持っているということが、本当に幸せなことだといえるのだろうか。
今、世界で有数の経済大国である日本は、物であふれている。
一日に多くのものが生産され、私たちの生活はますます便利で快適になっていく。
しかし、その一方でまだ使えるものがどんどん捨てられているのも事実だ。
南アジアにブータン王国という国がある。
この国は、世界最貧困国の一つに数えられながらも、国民みんなで助けあい、物を分け合って幸せそうに生活しているのだそうだ。
鶴がヒマラヤを越えてやってくる時に電線が邪魔になるだろうと、村人は電気を引くことをやめた。
電気のある生活より鶴のいる生活を子供を含めた村人のほとんどが選んだという。
先進国では増加の一途をたどる自殺者の数も、ブータンでは年に一人か二人程である。
私たちは便利で快適な暮らしを求めるあまり、本当の豊かさを見失ってはいないか。
物がなくても「幸せ」だといえる暮らしをしていきたいものだ。
花川中学校三年二組壁新聞 疾風(はやて)より
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「国民総幸福量」という人間中心の価値観
1972年、弱冠16歳という若さで即位した国王のもと、ヒマラヤの秘境ブータン王国が「国民総幸福量(GNH=Gross National Happiness)」という価値観を国是として最重要視、世界の中で異例ともいえるこのヴィジョンに真剣に取り組んだ結果、今日また新たにブータン王国が世界から注目され始めている。
ブータン王国は総人口70万人足らずの農業国で、起伏の激しい国土の総面積は九州程度である。
ヒマラヤの雪解け水が豊富に供給され水不足の心配はなく、農業に適している。
また、森林面積も国土の7割まで拡大し、自然環境保護にも努め、自然と人間の共存を目指している。
「国民総幸福量」の概念はこう説かれている。
目的と手段を混同してはいけない。
経済成長自体が国家の目標であってはならない。
目標はただひとつ、国民の幸せに尽きる。
経済成長は幸せを求めるために必要な数多い手段のうちのひとつでしかない。
そして、富の増加が幸福に直接つながると考えるのは間違いである。・・・
『選択』5月号「ブータン発「国民総幸福量」という価値観」より
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
以上、転載終わり。

「幸せってなんだろう。」
単純で奥深く、人生をかけて紐解いていくには格好の題材。
中学生でも勉強している事を今の大人達は全く意識しないで迷ってばかり。
自分の力でなんとかしなければいけない。
その為には、目的と手段が混同してはいけない。
| 浮世を想う
| 2009-05-02
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2009年04月24日
通勤ルートに広い通りがある。
広い通りを渡る方法は二種類。
信号のある横断歩道を使うか、歩道橋を使うか。
私は毎朝、歩道橋を使って通りを渡っている。
晴れた朝は空が近くて気持ちいいし、代々木公園の緑で季節の移り変わりがわかる。
曇りの朝は、雲の流れで風向きがわかる。
雨の朝には、下を見れば色とりどりの傘の川。
歩道橋を使うだけで、こんなに色々な事を感じられる。
横断歩道を使っていた時は、信号待ちをしている間に考え事ができたが、何故か焦っていた。
早く青になれと焦っていた。
横断歩道でも歩道橋でも、時間はそれほど変わらない。
でも・・・
朝の歩道橋ですれ違う人達は、何故か清々しい顔をしている。
| 浮世を想う
| 2009-04-24
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2009年01月29日
最近、ニュースなどで「孤独死」などという言葉が使われる事があります。
「誰にも看取られず一人きりで息を引き取る」という意味がふさわしいかと思います。
バラエティ化したニュース番組で、孤独死が凄く寂しく哀れな感じに表現されているのを見かけました。
以前愛読していた冒険家の植村直己さんの本の中に、「冒険とは生きて帰ること」と書いてありました。
これは常に死を覚悟しながら冒険に向かう心情が植村さんなりの表現で書かれていたのだと思った事がありました。
植村さんは、世界初のマッキンリー厳冬期単独登頂を果たした後、消息不明となりました。
雪山で遭難し、一人死に向かっていく。
それは確かに「孤独死」なのかもしれません。
しかし、生き切ったと本人が自分の人生を満足しているならば「孤独死」は、けっして「寂しく哀れ」ではないのでしょう。
そういう意味でも「孤独死」とは、肉体や物質に価値を置いている他人が評価した表現なのでしょうね。
人間の最小単位は、確かに自分自身ですし、「一人」です。
肉体としての最後の時くらい、誰かに看取られながらあの世に帰っていく方が良いのかもしれません。
しかし、あの世に帰る時には、沢山のガイドの方々が「よくがんばったね〜」と笑顔で迎えてくれるのだそうです。
死は孤独では無いですし、寂しくもないはずです。
(自分は過去に何度も死んだはずなのに、残念ながら死後の事を覚えていないので、曖昧な表現になっていて申し訳ない・・・)
今生を生き切ってさえいれば、肉体や三次元世界に未練は残らないのです。
もしも死んだ後「何かやり残した」と後悔しない為には、大きな意味での「愛」が必要です。
死後のあの世では、肉体を持っていた時にどれだけ学んだかという魂の成長度合いを「どれだけ周りの人に愛情を持てたか」で計るそうです。
仕事や名誉や、もちろん権力などでは計らないのだそうです。
そう考えると、人間の最小単位は「二人」なのかもしれませんね。
自分の周りにいる人をどれだけ愛せたか。
エゴの無い見返りを期待しない愛をどれだけ与えたか。
貴方にとっての最小単位の相手は誰でしょうか?
今この瞬間の気付きや学びを一緒にシェアしたい人は誰でしょうか?
そして、その第一歩は、ます自分を愛する事なのでしょう。
「自分が出したモノが自分に返ってくる」
単純ですが、本当に深い言葉ですね。
イマイチ文章がまとまっておりませんが、、
読んで頂き、ありがとうございます。
ありがとうございます。
| 浮世を想う
| 2009-01-29
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2008年12月26日
明日は2008年最後の新月です。
新月には新月願いをする人も多いかと想います。
我欲での「願い」ではなく、周りの人や環境に対して「感謝」の気持ちを伝えると良いかと想います。
ちなみに、冬至から一週間が過ぎようとしています。
光が多量に降り注いでいた期間も落着きはじめて来る時に、ちょうど新月が重なります。
宇宙は素敵な演出をしますね。
2008年末から2009年が、皆様にとって笑顔と思いやり溢れる年になりますように。
| 浮世を想う
| 2008-12-26
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2008年11月29日
●読み:まっせぎょうき
●意味:道徳や人情が希薄になった末の世。

人間は、全て自分の自由意志で言動できるかの様に思っています。
自分が想った事や心に浮かんだ事は、まるで自分一人で考えたかの様に思ってしまいます。
本当にそうでしょうか。
人間は本来シャーマニックな感性を持ち合わせています。
第六感と言われているものも、その一つでしょう。
例えば・・・
二人の人が話していて、一人が質問したとします。
質問された相手は、自分の記憶や考えを元に答えを言います。
そして質問した人も、相手からの答えを初めて聞いたかの様に思います。
しかし、本当はこういう理論なのだそうです。
質問する側は、あらかじめ答えを心の中に持っています。
そして質問された側は、質問者の心の波動を感じて、質問者が求めている答えをさも自分が考えたかの様に錯覚して自分の答えとして答えるのだそうです。
ここで、「あれっ??」と思いませんか?
相手から予期せぬ答えを聞かされてビックリする事も多々あります。
これは一体!?
心(魂)の波動を自分で全て理解している場合なら、相手から聞かされる答えにビックリする事は無いのかもしれませんが、自分の表層意識で考えている事と自分の魂で考えている事の差が出るので、自分では予期せぬ答えを相手から聞かされるのではないでしょうか。
自分では認めたくない事でも魂のレベルでは、当然理解している事ですし、本当の答えは自分自身が知っている事なのです。
それを会話の中でさりげなく答えられてしまうのです。
これが「波動の法則」の断片なのではないかと想っています。
そして、この世の中が全てシンクロニシティによって成り立っている事を理解する上で大切な考え方なのかもしれません。
「人ひとりが動くと八百万(やおよろず)の魂(霊)が動く」と言われています。
自分一人で答えを出したと想っている事でも、本当は全ての人や動物、植物、物質との繋がりの中で答えを出しているのだと想われます。
当然、パラレルワールドの色々な魂や指導霊様、守護霊様が答えている事なのでしょう。
貴方は何の為にこの世に生まれて来たのですか?
人は一人で生きている訳ではありません。
自分で選んでこの世に生まれて来て、人間社会で他の人を介して魂を磨いて、思いやりや人情を学び、全ての者に対して愛情を捧げ、自然や動植物を愛でて、地球と共に生きながら肉体の一生を終るのです。
そういう意味でも、自分の心の声に耳を傾けて、周りの人や環境を魂の鏡として、感謝の気持ちを忘れないように生きていきたいものです。
そして、大切な事は・・・
いつも心に花を♪
| 浮世を想う
| 2008-11-29
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2008年11月11日
●読み:るいはともをよぶ
●意味:気が合う者や、考え方や趣味が似通っている者は、自然と寄り集まるということ。「類は友を集める」「類は友」とも言う。
最近、無駄に色々なサイトを見なくなってから調子が良い気がします。
一時は何故か惹かれるように、ネガティブな情報が盛り沢山のサイトやブログに目が行っていたものですが、最近あまり興味が無くなりました。
私はあまり見ないのですが、巨大掲示板サイトがあります。
前に覗いた時には、それはそれは色々な意味で足の引っ張り合いをしているので、見ているというか読んでしまったこちらが気持ち悪くなりました。
世の中には執念深いと言いますか、「やられたらやり返す!」と思っている人が沢山居ます。
自分を表現する場所も大切ですが、表現方法に人情や思いやりが無い場合は、どんな綺麗な言葉を並べ立てても結局、狭い世界だけでの表現になってしまうと想います。
「自分が出したものが自分に返ってくる」
怒りを出せば怒りが。
愛を出せば愛が。
こんな単純な法則を頭では理解していても、実生活になかなか取り入れられない人が多いのでしょうね。
そういう私も、実際にどうかと言われれば、なかなかどうしてまだまだ身に付いているものではありません。。
少しずつ少しずつ、前に向かって歩いていれば、それだけで良いのだと想います。
カルマの浄化は、一気には終りません。
良い事も悪い事も、自分の中でもう一度噛み砕いて受け入れる事が出来れば、もっともっと個人の心の中から変化していくのかと想っています。
自分自身を良く知る事は簡単な様で難しいものですので、一瞬一瞬を大切に謙虚に生きていきたいものですね。
| 浮世を想う
| 2008-11-11
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2008年11月08日
●読み:てんしる、ちしる、われしる、ひとしる
●意味:誰も知らないと思っていても、天と地と自分自身と、あなたも知っている。悪事は、いつかは必ず露見するものであるということ。
●解説:中国・後漢の楊震に地方役人が賄賂を差し出した時、それを断って言った言葉。「四知」ともいう。出典は『後漢書』

色々なカルマが浄化されています。
宇宙の法則では、自分が出したものが自分に返って来ます。
地球の次元上昇に伴い、急速に色々なエネルギーが、それを出した場所に返って来ていますね。
嘘をつけば嘘が。
優しさを出せば優しさが。
影でコソコソやっていても、何らかのシンクロニシティーで明るみに出てしまいます。
最近のニュースを見ていると、本当に色々なカルマの浄化が進んでいるのだなぁ〜と想ってしまうのです。
そのうちにマスメディアも、悪いニュースばかり流している事に限界を感じるかもしれませんね。
良いニュースも沢山ありますし、今まで隠されていた真実も出口を探しはじめているのかもしれません。
それぞれの人の魂の波動が上がってくれば、当然そこに対してのシンクロニシティーも起こる訳で、良い事も悪い事も現象化しやすい時期になっていると聞きました。
こんな時だからこそ、自分の気持ちや普段からの心掛けが大切なのだと想います。
難しい事を考え過ぎず、シンプルにシンプルに。
人に優しく、謙虚に素直に。
自分の周りに起こる現実は、自分自身のカルマの浄化ですので、何事にも感謝できるような気持ちが大切なんだと想います。
アセンションは、既にそれぞれの心の中で始まっているのだと想います。
| 浮世を想う
| 2008-11-08
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2008年10月29日

●読み:あみだもぜにでひかる
●意味:
阿弥陀仏のご利益も、金銭の多少に影響されるということから、金銭の威力は大きく、世の中は金次第だというたとえ。
大手銀行に外貨両替の客が殺到。
海外旅行がお得で全世界同時大バーゲン
状態!
株が上がった、下がった。
そんなニュースを見かけました。
実体のないお金に一喜一憂しているうちが華かもしれません。
その後に来る世界がどんな事になるのか。
人間の心の中までお金で量れるご時世なのでしょうか?
お金や物を多く持つ事がそんなに価値のある事なのでしょうか?
振り回されるだけ振り回された後には、きっと腑抜けになるのでしょう。
自分自身にしっかりとした筋を通して、自分の心の中の価値をもう一度見直していきたいものです。
| 浮世を想う
| 2008-10-29
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2008年10月25日

●読み:やけいしにみず
●意味:焼けた石に水を少々かけてもすぐ蒸発して冷やせないという意。努力や援助が少なくて効果があがらないことのたとえ。
金融が崩壊しそうですね。
預金凍結が起こるというのも、まんざら夢物語ではない状況らしいです。
紙幣がただの紙切れになるかもしれないのだとか。
元々紙切れの紙幣に価値を置き過ぎただけの話なのかもしれません。
付け焼き刃で色々な策を練っていても、巨額になってしまった世界の負債は、もう焼け石に水なのかもしれません。
老後の楽しみの為に続けていた、メリケンの保険会社のドル建て貯蓄も実際問題もう諦めています。
お金が無いなら、無いなりに生活すれば良いだけの事。
前にもこのブログに書きましたが、もうお金や物質を多く持つ事に価値を置く生き方は止めました。
これから、人情や愛情や友情があり、周りの人への奉仕の気持ちがある世界で生きていく為に、今何をしなければいけないのでしょうか。
まずは、自分の周りの人を良く見る事が大切です。
それは鏡に映った自分自身の姿なのだから。
P.S.
最近なんだか抽象的で、捕らえ所の無い日記が多いのですが、自分でも何故だか解りません(笑)
| 浮世を想う
| 2008-10-25
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2008年10月24日

●読み:
うおのふちゅうにあそぶがごとし
●意味:目前に危険や滅亡が迫っているのを知らずに、のんきにしていること。
●解説:煮られるのも知らずに魚が釜の中で泳いでいる様子から転じたことわざ。
なかなか、「その時」が訪れないと解らない事が多いです。
しかし、前兆は既にずっと前からあったんですね。
今年を境に、人間が生きていく世界が二極分化していくそうです。
これから先、どんな世界で生きていきたいのかは、個人個人の選択次第。
その為の努力を惜しまないようにしたいですね。
「その時」とはピンポイントではなくて、毎日毎日、一瞬一瞬の積み重ねなんだと思います。
今この瞬間の選択を大切にして生きていきたいものです。
| 浮世を想う
| 2008-10-24
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2008年10月11日

UFOが来てますよ。
巨大なUFOが普通に姿を現します。
みんなに見えるように姿を現します。
実は既に来ていたけど、姿を隠していただけ。
今回はさすがに疑う余地はないのかもしれませんね。
巨大らしいから。
っと店のスタッフに言ったら「へぇ〜」と軽くあしらわれました(笑)
小学生の頃から「月の裏側にはUFOの基地がある」と疑いもせずに生活して来てますので、宇宙人の乗るUFOが居ない理由が見当たりません。。
さてさて、真意の程はいかに。
ところでで、UFOがどうのこうのよりも、本当は自分自身の事をしっかりと見つめる事の方がよっぽど大切な事。
嘘の無い、正直な世界で生きていく為にも。
| 浮世を想う
| 2008-10-11
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2008年09月22日
事故米。
汚染粉ミルク。
食品偽装。
もう何を信じて良いのかわからなくなりますね。
自己の欲に価値を置き、利益追求を最優先している社会構造が崩壊しはじめているように感じます。
「神は見通し」と言って、神様はどんな事も見通しているから、ごまかしはできません。
一生嘘を付き通す事も不可能です。
真面目に正直に生きている人は、ますます良い方向に向かい、嘘をつきながら生きている人は、ますますダメな方向に行くと聞きました。
これは地球全体で起こっている現象なのだそうです。
そして、色々なカルマの浄化が個人レベルでも、社会レベルでも、地球レベルでもドンドン始まっているのだそうです。
なんかわかる気がする。
新保民八という人の言葉なのですが、私が常に意識している言葉があります。
「正しきによりて滅びる店あらば滅びてもよし、断じて滅びず」
「損得の前に善悪」
| 浮世を想う
| 2008-09-22
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2008年09月12日

「あれ? 明日から三連休なんだ? マジ?」
つい30分前まで知らなくて、店のスタッフとの会話の中で明日から三連休だという事を知りました。
敬老の日は、多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う事を目的としているのだとか。
あの世にいるおじいちゃん、この世にいるおばあちゃんへ、そして先祖代々の人々に、更にはこの日本を支えてくれてきたご老人に感謝の気持ちを想います。
想いは波動として時間も空間も超えて相手に伝わります。
想えば現実ですね。
そして9月も、すっかり中旬。
今年もあと少しですね。
季節の変わり目なので、皆様も体調管理には充分注意してくださいませ。
●写真は、先日娘と行った隠れ名店の激ウマ餃子です。(食べかけ)
| 浮世を想う
| 2008-09-12
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2008年08月22日

●読み:たるをしるものはとむ
●意味:欲を出さないで自分の境遇に満足できる者は、たとえ貧しくても、精神的に富んでいるということ。
物質やお金は全て数字で表す事ができるそうです。
浮世では、数字が大きい方が良しとされています。
当然、私も子供の頃から、数字が大きい方が良いと教育されて生きてきました。
「お金は人より沢山あった方が良い。」
「モノは人よりいっぱい持っていた方が良い。」
数字が大きい方が良いと思っていますから、当然競い合いにもなりますし、争いにもなります。
勝ち組、負け組などという言葉が流行してから、しばらく時間が経過しました。
何が勝ちで、何が負けなのかも解っていませんでした。
ただ一つ解る事は「数字が大きい方が勝ち」という事だけでした。
今までの生き方や行いを深く反省すると共に感謝して、もう「数字が大きい方が勝ち」という生き方は止めようと思います。
自分の心の波動が現実になって、良いシンクロニシティーが起こる事に対して努力した方が、よっぽど数字を気にして生きていくより、自分にも周りの人にも、そして地球にも優しい生き方が出来るような気がするから。
すぐに全てが変わるかどうかは分かりませんが・・・
自分が出したモノが自分に戻って来るなら、誰にも頼らなくても、どこかの団体に所属しなくても、きっと緩やかに変わって来るのだろうと思います。
普通に生きるという事は、そういう事なのかもしれません。
| 浮世を想う
| 2008-08-22
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2008年08月04日

●読み:どくをくらわばさらまで
●意味:毒を食べてしまったなら、それを盛った皿までなめるという意味から、一度罪を犯したからには、最後まで悪に徹するということ。
人の弱みに付け込んで一緒に地獄の街道を歩く、そんな恋愛があります。
そんな時は「寂しさ」というマイナスのツールを駆使して傷を舐め合う事で、自分を正当化してしまうものです。
「これでいいんだ」
「これは運命だ」
「これは偶然じゃない」
そう思い込んでしまうんですね。
途中で自分達の間違いに気が付いても、時既に遅し。
そんな時は、もう馴れ合いになってしまって、正常な思考回路が機能しなくなっているものです。
そこから双方が抜け出さなければならない時は、どちらか一方が二人の中だけで悪者にならなければイケマセン。
間違えている二人の全てを終わりにするのです。
一方が悪者になってでも、終止符を打たなければなりません。
それがお互いの為なんですね。
良い悪者になる勇気が必要なんです。
二人共、それに気が付くか付かないかは別として。
本当は二人共、最初から悪者なのだから。
『貴方の為に』で始まって、『貴方の所為で』で終るそんな恋愛経験がある人は、要注意です。
そういう経験に感謝できない人も、要注意です。
あなたの事かもしれません。
同じ事を繰り返さないでください。
そう願ってやみません。
| 浮世を想う
| 2008-08-04
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2008年07月31日

●読み:つきよにこめのめし
●意味:毎日月夜と米の飯が続けば申し分ないという、気楽な生活のたとえ。また、いつまで続けても飽きないことのたとえ。
LOHAS(ロハス、ローハス)という言葉が出回りはじめてから久しい。
日本人は、元々ロハス。
現代の日本人が、昔の日本人の生活に戻る事はできない。
しかし、日本人が世界中の人々に率先して、スピリットをロハスに戻す事はできるのかもしれない。
今はもう「心の時代」だという。
自分にも、周りの人にも、地球にも。
心地良い生活が課題だ。
まだ間に合うよね?
地球よ!
もうちょっと頑張れ!
| 浮世を想う
| 2008-07-31
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2008年07月10日

●読み:たにんのめしをくわねばおやのおんはしれぬ
●意味:親元を離れ、世間で苦労をしてみなければ、親のありがたさが分からないということ。
親子の縁は一生切れる事は無い。
精神的にどちらが甘えても良い事はない。
人間対人間。
親も子を想い、子も親を想う。
しかし、一緒に居過ぎてしまうと、お互いを尊重する事を忘れてしまう事がしばしばある。
お互い感謝し合えたら、きっと親子の関係は愛情に満ちたものになるのではないだろうか。
「可愛い子には旅をさせろ」という諺があるが、親も可愛い子を旅に出すのは心配で仕方がない。
しかし、旅をしてみなければ親の有り難さが分からなかったりもする。
家族以外の人間関係や仕事は、最終的に家族の絆を深めるのだと思う。
親子の間で、双方が思いやりを持って感謝して愛情を持てる為には、やはり他人の力を借りなければいけないタイミングが、一生の内に何度かあるのではないだろうか。
| 浮世を想う
| 2008-07-10
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二人が同時に同じ風景を見ていても、その風景に全く違う意味付けをしてしまう事があるように。
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朝になったらご馳走がただの泥水だった・・・という怪談もあるぐらいですから、
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こんばんは。
いつもコメントありがとうございます。
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そしてその習慣の「何となく」が仮に心地のいいものであればあっただけ、
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こんばんは。
コメントありがとうございます。
> 宇宙は何もサポートはしません。
本当にそう思いますし、この感じを理解するまでに、私は何アマランタインただそこにワクワクって・・・・・結局何でしょうか・・・。
なぜ、自分を見つめる事で・・・ではなく、外側を見なければワクワク出来ないのでしょうか・・・。
宇宙は何もサポートはしません。
空間として「在平杜カノンただそこにありがとうございますレン様
コメントありがとうございます。
問題は「ワクワク」を利用して、人々を惑わすカルト気取りの「なんちゃってスピリチュアリスト」なのだろうと思います。
そんな奴アマランタインただそこにどれも素敵なメッセージですね。参考にさせていただきます。
ワクワクを自分の外側の世界に求めてもすぐに消えそうで本当のワクワクではないような気がします。本当のワクレン